真光寺について
一遍上人について
七福神・弁財天・福原西国観音霊場
住職の話
年中行事
アクセス

涅槃会

お釈迦さまを偲んで今年も真光寺では、2月15日に本堂の内陣に涅槃図を掛け、「釈尊涅槃会(しゃくそんねはんえ)」が営まれます。

涅槃という言葉は、梵語・ニルバーナの音写で、吹き消すこと、消滅の意をあらわし、転じて煩悩を滅却した状態をいいます。さらに釈尊または聖者の死(入滅)を意味するようになりました。釈尊の入滅を描いた画は、厳密には「仏涅槃図」といわれます。

001

真光寺所蔵 涅槃図

 

一遍上人の臨終

『一遍聖絵』第12巻の一遍上人の臨終の場面では、頭を向って右にして仰向けに横たわり、合掌して腰から下には白衣を掛けています。その白い絵の具が剥がれて、下絵が見えて来ています。それは「頭北面西」すなわち、一遍上人が頭を北に顔を西に向けた姿です。これは釈尊が入滅した時の姿と同じように描かれているのです。

光明福寺(のちの真光寺)の観音堂に滞在していた一遍上人に、臨終のことを聞いた人がいました。一遍上人は「よき武士とよき僧侶は、死ぬ様子をむやみに人に知らせないものである。私の死ぬ時を人は知らないであろう」といった通りに晨朝(じんじょう)の礼讃(らいさん)を称えるうちに臨終を迎えたと記されています。

この下絵が描き直されたということは、一遍聖絵の編者・聖戒(しょうかい)が一遍上人の臨終の場面は、釈尊の涅槃図に模して描くのではなく、念仏を称えているなかでの臨終が念仏者一遍上人にふさわしいと考えたのではないでしょうか。

それでも、一遍上人のまわりで泣いている人びともそのまま描かれ、また、一遍上人の周囲の柱の数は八本描かれており、涅槃図の中で、釈尊のまわりに八本の沙羅双樹(さらそうじゅ)が描かれているのと相通じるところを感じ取ることができます。

002


ページトップへ